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考えない葦

日々のメモ

ギタリスト、ロックンロール

ぼくはギターが弾くのが大好きで、幸せなことに弾ける機会の一つにバンドがある。
ギターは唯一生きてく中でどんな時もやめてこなかったことだ。

中学になり周りにギターを買うひとが増えていき、ヤンキー、真面目、オタクのひとの垣根を越えたブームというかモテるためのツールのひとつだったのかも知れない。

ぼくは乗り遅れるタイミングでもなく、とても中途半端な時期に買った。
買ったというよりは祖父が買い与えてくれた。

その頃周りに比べ、小遣いが少なく祖父の分も足してもようやく買えたのは初心者セットでも下の下でエレキギターの形をした何かだった。

周り友達のギブソンフェンダーに憧れて仕方なく羨ましかった。

そしてまた良い楽器はモチベーションも上がり、弾くのも楽なので、ぼくだけを置いてみんな上手くなり流行歌もそれなりに弾けるようになっていた。

ぼくとはいうと音楽の教養もなく、流行歌にも鈍感で曲を通して弾くという簡単なゴールも見つけられず練習といえない練習をしていた。

うちの家庭はなぜか教育方針がよくかわり中学からテレビが禁止になった。

ネットはADSLが出始める寸前でPC、スマホなんかもなく、携帯をちらほら持ち出す年頃だったのにも関わらず、ラジオだけが唯一の外界の情報を得るツールだった。

しかし田舎過ぎて電波が入らず雑音だらけの東京の放送局かまともに入るのがNHKかFMくらいなもん。
そこではたいした曲もかからず古い曲ばかりだった。

ぼくは流行歌が多少なり弾けてコミュニケーションのツールとしてギターが弾けたらいいのにと思っていたのに非常に困っていた。

しかし泣き面に蜂というか更に教育方針は悪化を辿り、ゲームなどの娯楽が禁止となり、戦時中かと思うほどキツかった。
しかしギターだけはOKだった理由が祖父が買ってくれたため弾けないと何のために買ったかわからないから結果を出させるためという謎理論。

だけども一向に上手くならない。
そりゃ手本もなければ教則本もないんだからと今ならわかる。

この時でギターがきてから一年くらい経とうとしていたか、まだおれは一曲も弾けなかった。
才能の無さを痛感した。
偏差値とか運動神経とか流行、どれだけモテるかとかよりももっと大事なことだった。

ベスト・オブ・チャック・ベリー

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