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考えない葦

日々のメモ

明日ってか今日はレコーディング

海外の知らぬレーベルから音源を送って欲しいとジャストなタイミングでオファーもいただきまして、まあお金にはならないけどとりあえずレコーディングの意味は多少あるかという状況です。

 

そもそもレコーディングしたからと言って売り物にするつもりもなく無料で配布する予定です。

 

しかしながらバンドの人間関係は非常に悪いという感じでして。

まあ複雑です。

 

そりゃぼくがイケてない演奏が多くてメンバーにも苦労かけますが、まあこちらとしても不満はあるけど、乗り越えてナンボだと思ってます。

 

言い訳にしかならないけど、ぼくはパンク育ちなんで。

 

真っ当な演奏こそしたいがぐちゃぐちゃのライブでもやる事に意味を持ってると思ってやってます。

 

そりゃ多少、集客があればモチベーションも上がるのでしょうが全く集客ゼロ続き。

 

誰も聴いてない状態でライブするのに意味はあるのかと問うレベルです。

ガランとした客席をぼんやり眺めている。

 

1万人の前よりも数人の前で一万回ライブすることに意味があるとパンクという概念さえも超えられない。

 

酷く落胆し、精神状況はボロボロ。

メンバーとの軋轢。

ライブハウスからは集客の小言。

 

じゃああんたら集客についてなんらかの形で手助けしてくれたんですかと。

せいぜいツイッターでのリツイートくらいじゃないですか。

 

なんでこういう日にこのバンドを呼んでこういうイベントにしたいというアクションさえあれば多少、動員ない割には集客頑張るよと思います。

 

そのレスポンスさえなく集客しっかり頑張ろうってなんなんだろうって。

弾き語りだらけの中、五月蝿いロックをやるのが申し訳なくもあり、さらに演奏途中にこの後弾き語りがあるから音量下げてというPAからの忠告にもげんなりです。

 

せっかく火がついた瞬間にその一言で火が消えるんです。

もうそうなると流し運転というか場違いすみません、さっさと帰りますので曲も減らして切り上げることもあります。

 

そんなこんなでリハ通りの予定調和、坦々と作業のように演奏して何がライブかと思いうとぶち壊したくなるのです。

 

そんなに失敗が嫌なら当て振りのカラオケでいいじゃないかと。

 

ライブ中とても1人だけで演奏しているような離人感というか、冷めた自分がいることが何よりも悲しいです。

 

あるライブハウスでは『見た目』が重要らしく、ありのままの自分で行くと路線変えたの?とか言われる始末。

 

たかがファッションですし、尚更その日は被りそうな格好は避けたいっていうぼくなりの意思表示。

 

ぼくはパッケージされた商品なんでしょうか?とすごく残念な気持ちです。

 

夢を与えるのがミュージシャンなんでしょうか?

華々しい瞬間だけ見せるとかステージでは嘘つきたくありません。

 

どう足掻いても嘆きと破滅した本音だけ歌いたいのです。

 

先駆者のそんな歌に心を打たれ、本音とちょっとした冗談のトリックに若い頃のぼくは救われたのですから。

 

ロックに神様なんていません。

それでも殉教して自殺するのような生き方をしたいです。

 

ただこんな状態だけどポジティブにありのままでいたい。

 

始まる前のセッティングを見せない胡散臭いカーテンさえ苦痛です。

 

なぜカーテンが開かれると同時に演奏しなければならないのか不思議で仕方ない。

 

あなたがライブをするのではなく、ぼくらがライブするんですから、始まり方もぼくらの流儀。

 

カーテンが開かれてスタートするライブなんて安っぽい演出。

その度に心が凍りつきます。

 

それが雰囲気作りならぼくは絨毯が引かれたとこでライブがしたいです。

 

じゃあそんなところ出るなよって話ですが、演奏するだけが喜びなんです。

あとはこんな破茶滅茶なバンドがまだいるんだぞっていう意地です。

 

まあそんな呪詛を述べましたが、明日はそんなカーテンがない状態で録音です。

 

すべてありのままに。

軋轢も愛憎も全て焼き残していたい。

 

ぼくにとってのロックは生き方、死に方の問題なんです。