考えない葦

日々のメモ

雨のオートバイ

今週のお題「梅雨の風景」

なんやかんやで最初のバイクを手に入れたのが16歳。

ちょうど今頃の梅雨入りくらいの頃だった。

映画イージーライダーに憧れ、バイクに乗るならアメリカンと決めていた。(その後はヨーロピアンに鞍替えする笑)

幸いにも周りにもちらほらとバイクの免許を取る友人がおり、小さなバイカーコミュニティが出来た。

その一人になぜだか暴走族をやっている友達の友達がアメリカンを持て余してるというので格安で手に入れた。

暴走族するには似合わないから手放すというシンプルな理由で、渡りに舟というには失礼。

というより持つべきものは友であると非常に有り難かった。

引き渡し時、オーナーは所謂ヤンキーであった。

お互い人間的にほど遠いジャンルな気はしていたが、話してみると同じようなバイク好きなので打ち解けることが出来、笑顔で和やかに引き渡しは無事に終えた。

バイクの状態も中々よく走れるのだがマフラーが直管なので少々うるさかった。

迷惑極まりないのだが当時は今よりおおらかな時代だったため手放すまでずっとそのままで走っていた。Vツイン独特のドロドロという排気音が気に入っていた。

エキゾーストの音がどこまでハーレーに近づけられるかとキャブのセッティングをみてはあの独特の三拍子になるよう調整したり、磨いては改造する毎日だった。

雨が降るとたまに電装がおかしくなるのと、チョッパースタイルのため曲がることが難しいのを除けばとても良いバイクであった。

はっぴいえんどの歌詞のような田舎街から都会まで何度も一人でライブを観にいったり、CDやアナログ盤を買いに、海や山へツーリングをしていた。

そしてぼくの田舎は道路族が作り出したバイパスが張り巡らせてあるため、イージーライダーでみた景色とそんなに変わらなかった。

しかしバイクは自由の翼であると同時に未成年のぼくに責任を課した。

校則では免許を取ること自体が禁止されていたし、当時3ない運動という、免許をとらない、のらない、のらせないという標語も飾ってあった。

とにかく学校にバレなきゃいいわけで、それには無事故無違反、安全運転を心掛けるのが必然的に叩き込まれた。

おかげで優良運転者にすぐなれた。

今でも校則というルールを破った事が良いか悪いかわからないけど、ぼくの望む生活にはバイクが必要であり、バイクによって得た文化が生活を変えてくれたと思う。


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